傷害予防

24|心地よいと感じるところからさらに伸ばした高負荷ストレッチは有効かもしれない⁈

多くのアスリートは練習や試合前のウォーミングアップとしてストレッチを導入しているかと思います。

ストレッチをウォーミングアップの中に組み込む理由として、

多くの場合『傷害予防』を目的に行っていることが多いのではないでしょうか?

 

そしてその傷害の中でも、ストレッチを『肉離れ』を予防する目的で実施しているアスリートや指導者は多くいるかと思います。

 

今回の記事では、ストレッチの王道である『静的ストレッチ』の効率性を上げるのに有効となる可能性のある『高強度静的ストレッチ』について解説していきます。

 

もし現場で

「ストレッチを実践しているけどあまり効果が感じられない!」

というアスリートや指導者がいれば、是非参考にされてみて下さい。

 

1.肉離れを予防する上でストレッチはなぜ有効とされているのか?

そもそもストレッチをすることでどうして肉離れが予防されると考えられているのでしょうか?

 

ストレッチによって肉離れの予防に繋がる理由の一つとして、

「筋腱複合体の硬さ(stiffness)が改善されて、より筋が伸張された状態においても力発揮を行うことができる」

ことが挙げられると考えられています。

 

どういうことかというと、

まず大前提として、肉離れは筋自体が伸びることの出来るキャパシティを越えて伸びてしまうことに加えて、筋に大きな伸張性収縮が働くことで受傷することが多いといわれています。

 

 

したがって、肉離れを予防するためには

  • スポーツ場面での筋の急な伸張に耐えうる『筋長のキャパシティ』を確保しておく
  • 『より長い筋長でも高い力発揮ができる能力』を備えておく

ことが重要であるといえます。

 

この様な背景を踏まえた上で、下の図を見てください。

(Fukaya T et al. (2021). Influence of stress relaxation and load during static stretching on the range of motion and muscle–tendon passive stiffness. Sport Sci Health 17, 953–959.から一部編集して作成)

こちらの図はストレッチ前後での各関節可動域に対するトルクの変化を表したものになります。

 

これを見ると、ストレッチをした後にストレッチをする前よりも関節可動域が増加していることが分かります。

 

また、図の中にある2本の赤い点線に注目してください。

 

こちらはストレッチ前に測定された時点での最大関節可動域を100%としたときに、50%から100%までの間にどれだけトルクが高まったか表したものであり、

この赤線の傾きが急なほど、筋腱複合体のstiffnessが高いことを意味しています。

 

赤い線を見てみると、ストレッチ後に傾斜が緩やかになっており、

つまりこれは、ストレッチにより筋腱複合体のstiffnessが低下したことを意味しています。

 

したがって、ストレッチによってより長い筋長でより大きな力を発揮することが可能となり、その結果として筋の過剰伸張による肉離れの発生が予防される可能性があります。

 

ポイント

ストレッチによって筋のstiffnessを改善し、”より長い筋長””より大きな力を発揮できる”ようにすることで肉離れ予防に繋がる可能性がある!

 

2.静的ストレッチの問題点

次に多くの現場で採用されている静的ストレッチについて簡単に話していきます。

 

ここまでの話の流れで、

「今までやってきた(静的)ストレッチは肉離れ予防に有効だったんだ!」

と思われるかもしれません。

 

しかし、ここで一つ大きな問題点があります。

それは、

「静的ストレッチで筋腱複合体のstiffnessを改善させるにはかなり長い時間ストレッチしないといけない!」

ということです。

 

具体的には、従来の”心地良いところで筋を伸ばす”静的ストレッチによってstiffnessを低下させるには120秒~180秒間ストレッチをしなくてはいけないと考えられています¹。

これは意外じゃないですか?

 

実際にMatsuo et al. (2013)²が行った研究によれば、

静的ストレッチを20、60、180、300秒間実施したプロトコルがハムストリングスのstiffnessにもたらす効果を比較し、ストレッチ前と比較してstiffnessが有意に低下したのは180、300秒間のプロトコルを実施した群だけであったことを明らかにしました。

 

 

この結果からも、筋に対して一般的に行われているような20秒程度のストレッチのみでは筋のstiffnessを下げるのには明らかに不十分であることが分かります。

 

そしてこれは1つの筋につきこれだけの時間が必要ということになるので、
他の筋もストレッチするということになればより長い時間ストレッチしなくてはいけないということになるでしょう。

 

これだと静的ストレッチを用いて肉離れ予防の効果を引き出すのは中々現場的に難しいことが予想されます。

 

ポイント

従来の静的ストレッチで筋のstiffnessを低下させるには多くの時間が必要となる

3.高強度ストレッチの有効性について

一方で、最近になって

「ストレッチの時間だけじゃなくてストレッチの強度も重要なんじゃない?」

という考え方も広まってきています。

 

つまり、心地よいと感じるところでストレッチするのをやめるのではなく、そこからもう少し伸ばしたところでストレッチをかけることでストレッチの強度を高める方法が広まってきています。

これは英語で『high-intensity static stretching』と呼ばれており、『高強度ストレッチ』を意味しています。

 

例えば、Katsu et al. (2017)³は、ストレッチ強度が80%、100%、120%の3つのプロトコルを被験者にそれぞれ実施させたところ、ストレッチ強度が100%と120%のプロトコルではStiffnessが低下した一方で、ストレッチ強度が80%のプロトコルではStiffnessが低下しないことを明らかにしました。

 

また、Takeuchi et al. (2021)⁴も、ストレッチ強度が100%と120%の比較を実施したところ、Stiffnessはストレッチ強度が120%の群でのみ低下することを明らかにし、

さらに彼らは、ストレッチ中に加えられた受動トルクの合計が高かった人ほど関節可動域が向上し、Stiffnessが低下することを明らかにしました。

これらの結果から、ストレッチの『時間』だけでなく『強度』もStiffnessを低下させる上で考慮する必要があることが考えられます。

 

では、

高強度ストレッチはどれぐらいの時間をかけて行うのがStiffnessを低下させるのに効果的なのでしょうか?

Takeuchi and Nakamura (2020)⁵は、高強度ストレッチを10、15、20秒間実施する3種類のプロトコルを各被験者に実施してもらい、その効果を検証しました。

 

その結果、ストレッチ時間に関わらず、全てのプロトコルにおいて可動域の改善、およびStiffnessの低下が観察されました。

従来の心地よいと感じるところで行うストレッチではStiffnessを低下させるのに120∼180秒間必要であったのに対し、高強度ストレッチでは10秒間程度でもStiffnessを低下させるのに有効である可能性が示唆されたのです。

 

この方法だと、ウォーミングアップに長い時間をかけることが出来ない場合でも効率的にストレッチの傷害予防効果を引き出すことが出来るかもしれません。

 

また、ここまで紹介した論文は一時的な急性効果を示したものになりますが、高強度ストレッチによってstiffnessが改善する傾向は長期的な介入実験でも観察されます。

 

Nakamura et al. (2021)⁶は、4週間の高強度と低強度ストレッチ介入のそれぞれが足関節の背屈可動域やstiffnessにもたらす効果を検証しました。

 

その結果、彼らはどちらの強度のストレッチでも足関節背屈可動域とstiffnessは改善されたものの、その程度は高強度ストレッチ介入の方が高かったことを明らかにしました。

 

 

これらの結果を総合して考えると、高強度ストレッチは低強度ストレッチよりも可動域やstiffness改善に有効となる可能性があり、スポーツ現場でも役立つ手段の1つかもしれません

 

ただ1つ注意しなくていけないこととしては、心地よいところからさらに引き伸ばすわけですから、ストレッチ中にかなりの痛みを伴うことが予想されます。

 

実際に先程紹介したTakeuchi and Nakamura (2020)⁵の研究ではストレッチ中にどれだけ痛みを感じたかを11段階(0~10)で評価しており、ストレッチ直後では平均して8~9程度の痛みを伴ったと書かれてありました。

かなり痛そうです。。(笑)

 

ただ、この痛みは長くは続かず、24時間後には全ての被験者が0を示したと書かれてあり、おそらく一時的な痛みなのでしょう。

それでも、過剰なストレッチは選手に対して負担が大きいことは間違いないので、もし高強度ストレッチを現場で導入される際にはストレッチによる怪我だけはしないように配慮しておく必要があるでしょう。

ポイント

高強度ストレッチは従来の低強度ストレッチよりも効率的に筋のstiffnessを改善させられる可能性がある

 

まとめ

今回の記事ではより現場的に有効活用することが出来る可能性のある『高強度ストレッチ』について話してきました。

 

以下今回のまとめです。

  • 肉離れを予防する上で、筋のStiffnessを改善させることは重要
  • 従来の静的ストレッチでStiffnessを低下させるにはかなりの時間を必要とするかもしれない
  • 高強度ストレッチは短い実施時間でStiffnessを低下させることが出来るかもしれない
  • 高強度ストレッチの長期介入もstiffness改善に有効かもしれない

 

もし今回の記事を元に

「高強度ストレッチを導入しようかなあ」

と思われた方は、まずは自分で試されてみて良さそうであれば最後に書いた注意点に気を付けながら導入を検討してみて下さい!

 

以上で今回の記事は終わりになります。

 

ではまた!!

 

参考文献

  1. Nakamura M et al. (2019). Static stretching duration needed to decrease passive stiffness of hamstrig muscle-tendon unit. J Phys Fitness Sports Med, 8 (3), 113-116.
  2. Matsuo S et al. (2013). Acute effects of different stretching durations on passive torque, mobility, and isometric muscle force. J Strength Cond Res. 27(12), 3367-3376.
  3. Kataura S et al. (2017). Acute Effects of the Different Intensity of Static Stretching on Flexibility and Isometric Muscle Force. J Strength Cond Res. 31(12), 3403-3410.
  4. Takeuchi K et al. (2021). Association between static stretching load and changes in the flexibility of the hamstrings. Sci rep, 11(1), 21778.
  5. Takeuchi K and Nakamura M. The optimal duration of high-intensity static stretching in hamstrings. PLoS One. 15(10), e0240181.
  6. Nakamura M et al. (2021).Comparison Between High- and Low-Intensity Static Stretching Training Program on Active and Passive Properties of Plantar Flexors. Front Physiol. 12, 796497.
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  • この記事を書いた人

中田 開人

PT,CSCS,MS(スポーツ科学) 早稲田大学大学院博士後期課程 1996年7月22日生まれ 北海道札幌市出身 アスリートのパフォーマンスを高める専門家(S&Cコーチ)として活動しています。

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