今回の記事では、
オリンピックリフティング種目でキャッチをするべきか否かというテーマを話していきたいと思います。
よく巷では、
「キャッチは難しいしプルでも十分に効果があるからプルを教えることが多い」
であったり、
「キャッチにはキャッチのメリットもあるしキャッチを指導することも多い」
などといったことが話題にあがりやすく、今回お話しするような内容は大きく意見が分かれるテーマなのかな、というふうに感じています。
実際に僕自身も、トレーニング指導を始めた当初と比べたら、このテーマに関する考え方は少し変わっています。
そこで今回は、こちらのテーマに関して一つの観点から決めつけるのではなく、
あらゆる視点から見たときに、キャッチとプルそれぞれどういったメリットデメリットがあるのか?についてお話ししていければと思います。
目次
1.プル種目は幅広い負荷強度で十分なトレーニング効果が期待できる?
まず初めに、力学的な観点からそれぞれの種目の特徴を話していきたい思います。
A.キャッチ種目で最大パワーが発揮される負荷強度は?
最初に、横断研究を参考にキャッチ種目とプル種目のそれぞれで最大パワーが発揮される負荷強度がどのくらいなのかについて解説していきます。
結論から述べますと、キャッチ種目ではおおよそ1RM70~80%ほどで最大パワーが発揮されることが報告されています。
例えば、Kawamori et al (2005)は15名の男性アスリートを対象に1RM30~90%の負荷強度でハングパワークリーンを実施してもらい、いずれの負荷強度で最大パワーが発揮されるかを調査しました。
その結果、ピークパワーでみると1RM50~90%は1RM30%および40%よりも高い値を示し、平均パワーでみると1RM40~90%は1RM30%よりも高い値を示すことが示されました。
また、有意差はないものの、最大パワーが発揮される負荷強度がおおよそ1RM70%付近であることも上のグラフからわかります。
また、Cormie P et al (2007)も同様に1RM30~90%の範囲内でハングパワークリーンの最大パワーが発揮される負荷強度を調査したところ、最大パワーが発揮される負荷強度は1RM80%であることを報告しました。
以上の2つの研究を踏まえると、キャッチ種目は比較的高強度(1RM70%~)で最大パワーが発揮される可能性が高そうです。
参考
厳密にいうと、キャッチ種目ではそのキャッチ姿勢によって最適な負荷強度は異なると報告されています。
本記事では詳細は省きますので、「どういうこと?」と思われた方は以下のリンクを参考にしてみてください。
B.プル種目で最大パワーが発揮される負荷強度は?
一方で、プル種目はどのくらいの負荷強度で最大パワーが発揮されるのでしょうか?
Takei et al (2021)は1RM40~100%でハングパワークリーンとハングハイプルのそれぞれで最大パワーが発揮される負荷強度がどの程度かを調査しました。
その結果、ハングパワークリーンに関しては、先ほど示した研究と同様におおよそ1RM70~80%付近で最大パワーが発揮されました。
一方で、ハングハイプルではそれよりも少し軽めの1RM40~60%付近で最大パワーが観察され、1RM80~100%の負荷範囲に関してはjキャッチ種目との有意差は観察されませんでした。
ここで、軽い負荷範囲(40~70%1RM)でキャッチ種目とプル種目で最大パワーに関して差が観察された要因についてですが、
キャッチ種目はプル種目よりも挙上高の制限があるため、
それによって比較的軽い種目だと最大限の努力を発揮できなかった可能性が考えられます。
一方で、プル種目も挙上高の制限はあるとはいえ、キャッチ種目よりかはバーベルを高い位置まで挙げることが可能であるため、
結果として、比較的軽い負荷強度でも最大努力を出し切れた可能性があり、これが比較的軽い重量で最大パワーが発揮された要因として挙げられます。
ここまでをまとめると、
ポイント
- キャッチ種目の最大パワーが発揮される負荷強度は1RM70~80%ほど
- プル種目の最大パワーが発揮される負荷強度は1RM40~60%ほど
- 高強度領域(70~100%1RM)に関してはキャッチ種目とプル種目間に大きな差はなし
C.力-速度曲線の中で速度寄りの力発揮をトレーニングするのにプル種目を選択するのもあり?
ここまでを踏まえると、キャッチ種目では基本的には高負荷領域でのトレーニングが推奨されますが、
プル種目では中負荷領域でも十分にトレーニングになる可能性があります。
以下の図はスクワット、オリンピックリフティング(キャッチ)、オリンピックリフティング(プル)、ジャンプスクワットのそれぞれが、力-速度曲線の中でどの部分をカバーしているかを簡易的に表しています。
これを見ても分かる通り、プル種目はキャッチ種目よりも幅広い負荷領域をカバーしており、
特に比較的中負荷領域(より速度寄り)もカバーしているのがわかります。
したがって、比較的速度よりの要素も要求されるような競技(球技系スポーツなど)は、試合が近づいたときに速度要素をトレーニングする手段としてあえてプル系種目で中負荷を選択するのはありかもしれません。
2.肩甲帯のスタビリティを高めるにはキャッチ系種目に軍配があがる?
大前提として、
皆さんにキャッチ種目とプル種目どちらの方が難易度が高いですか?と聞いたらほとんどの方はキャッチ種目と答えるでしょう。
なぜキャッチ種目の方がプル種目よりも難しいと感じるのか?
その原因の一つとしては、キャッチでは様々な身体的要素が要求されることが関係していると考えています。
一方で、これを反対に考えてみると、キャッチ種目ではこれらの身体的要素を改善するためのトレーニングとしても有効である可能性があると考えられます。
では、実際にクリーンとスナッチのそれぞれで要求される身体的要素にどのようなものが挙げられるのかについて、
僕自身が思いつく限りの主要な要素を以下に挙げてみました。
この中でも、足関節背屈可動域や広背筋柔軟性などは別途エクササイズを実施し改善する必要があるかもしれませんが、
特に肩甲帯のスタビリティに関わる前鋸筋や僧帽筋下部(特にスナッチ)というのは安定したキャッチを習得する過程の中で同時にトレーニングされる可能性があるかと思います。
そもそも
「肩甲帯のスタビリティを高めることがどういったメリットがあるのか?」
については、話し始めると話が長くなりそうなので本記事では長くは話しませんが、
例えば、オーバーヘッドスポーツである野球のピッチャーやバレーボールなどに関しては、
上肢での爆発的な力発揮が要求される場面が多いかと思います。
また、爆発的な動作に限らず、相手とコンタクトのある競技(バスケットボールやラグビーなど)では相手に押し負けないように上体を剛体化させる能力が要求されます。
そうした場合に、土台である肩甲骨で安定性を担保できていれば、より効果的に上肢での力発揮が可能になります。
イメージ的には、大海原の海の上を航海する船の上(不安定)で釣りをするよりも、地面に足をつけて釣りをする場合の方が上手く効果的に竿に力を伝えることができるかと思います。(もっといい例えがあれば教えてください笑)
ここでいう土台(揺れる船の上 vs 地面)が今回でいう肩甲骨を想定しており、
そこの土台の安定性をしっかり高めることが上肢での効果的な力発揮を高めることに繋がると考えています。
これは自分自身の体験談も含めてですが、
実際にキャッチを含むオリンピックリフティング種目を行う際に、
事前に肩甲帯スタビリティ改善を目的としてエクササイズを実施しておくと、キャッチした時の安定感が全然違うように感じます(特にスナッチ)。
したがって、オーバーヘッドスポーツなどで上肢の力発揮など要求される競技においては、あえてキャッチ種目を選択するというのもアリなのかもしれません。
3.測定がしやすい(進捗がわかりやすい)のはキャッチ種目?
また、オリンピックリフティング種目の進捗を把握するためには定期的な測定が必要ですが、
キャッチ種目は明確に成功と失敗を判断することができるので、進捗を把握するのは比較的容易であると言えるかと思います。
一方で、プル種目では、明確に成功とするラインが存在しないので、
個々のチームや個人で成功ラインを定めていないとトレーニングの進捗を把握するのは難しいかもしれません。
やはり、測定日に限らず、日々のセッションの中でどれだけ自分が成長しているかを確認できることは、選手のモチベーションを高めることにつながりますし、
そこはキャッチ種目のメリットなのかなと感じています。
もちろん、プル種目でも
- みぞおちの高さまで挙げたら成功
- VBTなどでバーベル速度をモニタリング
- 目標とする線を用意し、それにバーベルが触れたら成功 等
といった工夫次第で進捗を確認することはできるかもしれませんが、キャッチ種目はより明確にかつ容易に成長を感じられるという点で多少軍配が上がるかもしれません。
4.より安全に取り組める&容易に導入できるのはプル種目か
また、やはりキャッチ種目では、キャッチした際に手首や肩を痛めるリスクも多少なりともあるかと思います。
そういった際に、オリンピックリフティングを始めたばかりのアスリートに対して、いきなり高重量の挙上をさせることは中々難しいかもしれません。
そして、しっかりと安定したキャッチ姿勢を習得してもらうには2で挙げたような身体的機能を獲得することに加えて、
クリーンではフロントスクワット、スナッチではオーバーヘッドスクワットなどの種目も事前に習得する必要性があるかもしれません。
しかし、試合が近づいているにも関わらず、フォーム習得に時間がかかりすぎてしまい、まだ目標とした負荷重量での練習をプログラムに入れることができなければ、それは本末転倒になってしまうでしょう。
そういったシチュエーションでは、最終的にキャッチを習得することを目的としていたとしても、例えばプル種目を同時進行でプログラムに取り入れて身体機能向上に努めておく必要があるかもしれません。
あるいは、試合まで時間があるオフシーズンなどの時期にしっかりとフォームを定着させる取り組みなども効果的かもしれません。
なので、ここは試合までの時期やその選手の身体的機能に合わせて柔軟に種目選択をしていくのが良いかと思われます。
まとめ
本記事では、オリンピックリフティング種目でキャッチをするべきか否かについて、色々な観点から考えてみました。
以下本記事のまとめになります。
- プル種目はキャッチ種目よりも比較的軽めの負荷重量でも十分なトレーニング刺激を加えることができる可能性がある
- キャッチ種目では肩甲帯のスタビリティ改善を見込める可能性がある
- キャッチ種目では日々の進捗がわかりやすい(プル種目でも工夫次第では進捗を確認することは可)
- より安全にかつ容易に導入できるのはプル種目か
結局、キャッチとプルのどちらにもメリットとデメリットがあるため、すべての現場に共通して
「キャッチ(またはプル)がいい!」
と判断するのは少し難しいように感じます。
今回の記事は全体的に僕の考えをまとめたものになるので、もし皆さんの中で
「ここは違うんじゃないか?」
であったり、
「こういった考え方もあるよ!」
といったご意見があれば、ぜひ教えていただければと思います。
それでは、今回以上となります。
ではまた!!
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追伸
先日大阪で開催されたNSCAカンファレンスに両日(12/14,15)参加してきました!
全体的な感想としては、めちゃめちゃ面白かったです!
Xで知り合った方や昔お世話になった方々など、多くの方々とご挨拶することもでき、現地参加して良かったなと感じました。
また、口頭発表やポスター発表などでも多くの方々とディスカッションすることができ非常に勉強になりました🙇♂️
次は自分が発表する形で参加できればと思います!