スプリント関係 パワー関連 解剖学

19|スプリント基礎知識(ストライド長とストライド頻度を理解する!)

今回は僕自身が最近勉強しているスプリントについて話していこうと思います。

 

ただ、スプリントについて話すとはいっても、それではテーマが広すぎるので

今回は最初ということで、スプリントの走行速度を決定する指標として知られているストライド長ストライド頻度に関して簡単に話していきたいと思います!

 

 

はじめに

そもそもスプリントとは何か?

まずはじめに、ストライド長と頻度について話す前に、一般的にスプリントがどのように定義されているかについて話します。

 

NSCAの教書によればスプリントとは、

 

遊脚局面(滞空局面)と立脚局面(支持局面)を組み合わせた一連の動作であり、身体を最大加速、ないしは最大速度もしくはその両要素)で走路を移動しようとして組み立てられるもの

ストレングストレーニング&コンディショニング 第4版 p572(一部改変)¹

 

と記述されています。

 

 

また、例えば陸上競技の走種目の1つである100m走は、主に加速局面最大速度局面そして減速局面の大きく3つの局面に分けることができます。

 

加速局面に関連する能力については、陸上競技に限らずバスケットボールやハンドボールなどの球技種目においてもパフォーマンスを左右する重要な能力といえるでしょう。

 

そして重要なことに、

100m走では最大速度局面における最大スプリント速度が、100mのパフォーマンスを決める最も重要な要因であると考えられています2

 

実際に福田らは(2013)、100mタイムと最大スプリント速度との間に非常に高い相関関係が存在することを報告しています3

 

 

そのため、100m走では特に最大スプリント速度がどういった要因に影響を受けているかについて理解しておくことは重要であるといえるでしょう。

 

スプリント速度を決める要素

ストライド長とストライド頻度

ではスプリント速度はどの要素によって影響を受けているのでしょうか?

 

一般的にスプリント速度は、

最初にも出てきたストライド長ストライド頻度の2つの要素によって決定されると考えられています。

 

 

【補足】

ちなみにストライドとは、

”一側の踵が接地してから、再び同側の踵が接地するまでの動作”のことをいいます(下の図参照)。

そしてストライド長はこのストライドの距離のことをいい、ストライド頻度は一秒間に何回ストライド動作が行われたかを表しています。

またステップとは

”一側の踵が接地してから、反対側の踵が接地するまでの動作”のことをいい、

ステップ長はその距離を指し、ステップ頻度は一秒間に何回ステップ動作が行われたかを表しています。

※『ステップ頻度』は国内では『ピッチ』という言葉で表されることが多く、『ステップ長』はストライドと表されることが多いです。

※単に足の接地幅を示す場合だけでなく、身体重心の移動距離をストライド長やステップ長と表すこともあります。

 

そして、スプリント速度はよく下の式で簡易的に表されます。

 

スプリント速度=ストライド長×ストライド頻度

 

上の式から考えると、スプリントの速度を高めるには

ストライド長かストライド頻度のどちらか一方を高めるか、ないしはその両方の要素を伸ばすことが必要になることが分かります。

 

これだけ聞くと、

 

「ストライド長とストライド頻度の両方を高めればいいんでしょ?!意外と単純だな!」

と思った方もいたかもしれません。

 

ただ、もちろんそんなに単純なものではなく、注意しなくてはいけない点があります。

 

 

それは

この2つの指標が独立した要素ではない!

ということです。

 

つまり、どちらか一方の指標が変化すれば、もう一方の指標に影響を与える可能性が高いといわれています⁴。

 

もっと具体的に言うと、

例えばストライド長を伸ばそうと長い時間をかけて地面に力を加えると、ストライド頻度は減少してしまうでしょうし、

一方で、

ストライド頻度を高めようとたくさん足踏みをしても、力を加える時間が減少した結果としてストライド長が減少してしまいます。

 

実際にNagaharaら⁵は、

To improve maximal-effort sprinting performance, it would seem logical to increase both step length and step frequency. However, there is a negative interaction between step length and step frequency, thus making it difficult to improve maximal sprinting performance by increasing both step length and step frequency simultaneously.

最大負荷のスプリントパフォーマンスを向上させるためには、ストライド長とストライド頻度の両方を増やすことが論理的であると思われる。しかし、ストライド長とストライド頻度の間には負の相互作用があり、ストライド長とストライド頻度を同時に増加させることによって最大スプリント能力を向上させることは困難ある。

 

と述べています。

 

したがって、

スプリント速度を高めるのにどちらか一方の能力にだけ注目することはナンセンスであり、両方の能力に目を向けることが重要であると言えます。

 

以上をまとめると、スプリント速度を高めるためには、

ストライド長とストライド頻度のいずれか一方の能力を高めながらも、もう一方の能力が出来るだけ低下しないようにトレーニングすることが重要!(または両方の向上を目指す)

ということになります。

 

 

ストライド長について

それでは最初に、

スプリント速度を構成する1つ目の要素として知られるストライド長が、いったいどういった因子に影響を受けているのかについて話していきます。

 

Hunterら(2004)は、競技中にスプリントが求められるアスリート36名を集め、ステップ長およびステップ頻度と、それらを構成する因子との関連性を調査しました⁴。

 

その結果彼らは、

ステップ長は離地時に垂直方向に生成される速度、そしてこれを決定づける垂直成分の力積によって決定されることを報告しました。

 

垂直成分の力積とはなにか」について話す前に、

まずは「垂直成分の地面反力とはなにか」について話していこうと思います。

 

垂直成分の地面反力とは、ヒトが歩行やスプリントのように前方向に進む時に斜め方向に働く地面反力を分解したときに確認される上方向の地面反力のことを言います。

(前方向の地面反力は”水平成分の地面反力”といいます)

 

 

そして垂直成分の力積とは、この地面反力が接地時間内にどれだけ加わっているかを表しており、

下の図のように、生成された床反力の下部分の面積を表しています。

(もっと具体的にいうと、生成された垂直成分の力積から体重分を引いた面積👇)

 

 

Hunterら(2004)はこの垂直成分の力積がストライド長を決定づける最も重要な因子であると述べています⁴。

 

ではなぜ垂直成分の力積が働くとストライド長が大きくなるのでしょうか?

 

垂直成分の力積は上方向に力を働かせるという点から想像つくように、身体を空中に浮かせる役割を担っています

 

そしてこの空中にいる時間が長いということは、言い換えるとより遠いところに足を持っていけることを意味しており、それがストライド長の増加に繋がっているということです👇

 

Dorn TW et al. (2012). Muscular strategy shift in human running dependence of running speed on hip and ankle muscle performance. J Exp Biol. 215(Pt 11), 1944-1956.から引用⁶

 

 

また、いくつかの先行研究で

地面接地時における足関節底屈筋(腓腹筋やヒラメ筋)大腿四頭筋の働きが垂直成分の力積生成に大きく貢献していることが報告されています6,7

 

 

一方で、

 

垂直成分の力積はストライド長の増加にプラスに働きますが、反対にストライド頻度には負の影響を与えると考えられています。

 

実際に先程のHunterら(2004)の報告でも、垂直成分の力積はステップ頻度には負の影響をもたらすことが示されています⁴。

 

これは、垂直成分の力積が働き、宙に浮いてる時間が増えることで、地面と接する機会が減ることを考えると容易に想像がつきますね。

 

 

このことからも、ストライド長とストライド頻度との間には負の相互作用があることがわかります。

 

 

ストライド頻度について

次に、スプリント速度を決定づけるもう一方の要因であるストライド頻度について話していきます。

 

まずはじめに、ヒトがストライド頻度を高めるためにどういった戦略をとっているかについて話していきたいと思います。

 

ストライド頻度を高めるための戦略は大きく分けて2つあると言われています。

 

1つ目が、

『スイング時間を短くする』

戦略です。

 

これは想像しやすいと思いますが、

スイングしている時間が短くなれば、またすぐに地面に接することができ、結果としてストライド頻度の増加に繋げることができます。

 

ではスプリントのような走行速度が速いときに、スイング時間はどのようにして短くされているのでしょうか?

 

それについては、スイング中の股関節周りの筋の働きが重要であると考えられています。

 

例えばDornらは、

走行速度が速くなるにつれて、ストライド頻度の重要性が急激に高まることを報告し、それと同時に

股関節をまたぐ筋の仕事量が急激に増加し、それがスイング脚(地面に接地していない側)を空中で加速させることに繋がっていると述べていました⁶。

 

具体的には、

スイング期の前半では,

股関節屈曲筋である腸腰筋が働くことで素早く脚を前方に持っていき(股関節屈曲)、

 

スイング期の後半では、

股関節伸展筋である大殿筋とハムストリングスが股関節の過剰な屈曲を抑制するように力を吸収し、

その後の地面接地に向けて素早く脚を後方に持っていく(股関節伸展)ように貢献していることを明らかにしました。

 

 

またこの研究以外にも、Pandyらは大殿筋がスプリントパフォーマンスに及ぼす影響に関して、

大殿筋がスイング期後期の股関節屈曲動作を減速させ、さらにはその後の素早い股関節伸展運動を補助していると述べ、

それが結果としてストライド頻度を高めるのに貢献しているのではないかと述べていました7

 

実際にスイング中の股関節周りの筋の仕事量を見た2011年のSchacheらの研究においても、

走行速度が速くなる(ストライド頻度の重要性が高まる)とスイング期での股関節の仕事量が急激に増えることが報告されています8

 

このように、走行速度が速い場合には、スイング期に股関節周りの筋が機能的に活動し、

足が地面に接していない時間を出来るだけ最小限にする戦略をとっている可能性があります。

 

 

また、ストライド頻度を高めるもう一つの戦略として

『地面への接地時間を出来るだけ最小限に抑える』

方法が挙げられます。

 

これもスイング時間を短くするときと同様イメージがしやすいかと思いますが、

地面に長い時間足が接していてはストライド頻度を稼ぐことは難しいですよね。

 

なので、発揮される力の程度が一緒だとしても、それをより短い時間でかけることが出来る人の方がストライド頻度が高くなると予想されます。

 

実際にWeyandら(2000)は、走行速度の速い人ほど地面への接地時間が短く、

それがストライド頻度の増加に繋がっていると述べています9

 

ただ当たり前ですが、ただ単に接地時間を短くしても前に進むことはできません。

 

しっかりと短い接地時間でも大きな力を地面に伝えることが重要になります。

 

大きな力を出来るだけ短い時間で発揮するという概念は、つまり力の立ち上がり率(RFD)が重要であることを意味しています。

※RFDとは

力-時間曲線の傾きのこと。

どれだけ短い時間に大きな力を発揮できるかどうかを表す指標

 

こういった背景から、プライオメトリックエクササイズやオリンピックリフティング種目など、RFDを向上させるような種目は『短い接地時間で大きな力を発揮し、ストライド頻度の増加につなげる』という点から重要といえるでしょう。

 

ストライド長とストライド頻度のどっちを高めた方がいいの?問題

最後に、

 

「じゃあストライド長とストライド頻度のどっちを高めたらスプリントパフォーマンスが向上するの?」

 

という問いに対して今の自分が持つ考えを話していきたいと思います。

 

結論から言うと、

 

「どっちの方が重要!ということはないし、それぞれの重要度はアスリートによって異なるかも」

 

といった感じです。

 

拍子抜けされた方もいるかもしれませんが、これについては論文によって結論がまちまちである印象を受けます。

 

例えば、

Mann and Herman(1985)10ストライド頻度が重要なパフォーマンス決定要因であることを示し、

最近の研究では、Morinら(2012)11100mのスプリントパフォーマンスとストライド頻度との間に非常に高い相関関係が存在することを示しています(ストライド長との間では相関無し)。

 

一方でGajerら(1999)2ストライド長がスプリントパフォーマンスの決定要因であると報告しています。

 

また、現100m世界記録保持者のウサイン・ボルト選手は比較的ストライド頻度が低い選手であることが知られており、

世界記録を出した2009年のベルリン世界陸上の100m決勝をビデオ分析した研究によれば、

ボルト選手は他の上位2選手(タイソン・ゲイ選手、アサファ・パウエル選手)に加え、出場した日本選手よりもストライド頻度が低いことが報告されています12

https://twitter.com/kaito_stpt/status/1485447683301326848

 

また興味深いことに、

たとえ競技レベルが世界トップクラスの集団であったとしても、

 

ストライド長とストライド頻度のどちらがパフォーマンス決定要因になるかはアスリートによって異なる可能性も報告されています13

 

Saloら(2011)によれば世界トップスプリンターの中でも、

ストライド長によってその日のパフォーマンスが左右される選手もいれば、ストライド頻度によってパフォーマンスが左右される選手もいて、さらにはどちらにも依存していない選手もいるようです13

 

以上の報告を踏まえると、たとえ用いられている戦略が違えど(ストライド長に依存またはストライド頻度に依存)、世界トップレベルのパフォーマンスに到達することが可能であることがわかります。

 

このような背景から、個人的に

ストライド長とストライド頻度のどっちの方が大事かを一概に決めることは難しいと思っています。

 

 

 

ただ、確実に言えることとしては、

どちらか一方にのみ目を向けてトレーニングしても、これらは負の相互作用の関係にあるため効率よくパフォーマンス向上に繋げることは難しいだろうということです。

 

なので、最初にも述べましたが

一方の能力を高めながらも、もう一方の能力が出来るだけ低下しないように心がけながら、合理的と考えられるトレーニングを計画し、実行していくことが重要であると考えられるでしょう。

 

 

まとめ

今回はスプリントを理解する上で基本となる

ストライド長とストライド頻度について話してきました。

 

以下今回の記事のまとめです。

 

  • スプリントパフォーマンスはストライド長ストライド頻度の2つの指標によって決定される。
  • ストライド長とストライド頻度は互いに負の相互作用をもたらす関係性にある。
  • ストライド長は垂直成分の床反力によって決定される
  • ストライド頻度を稼ぐにはスイング時間地面の接地時間の短縮が重要
  • ストライド長とストライド頻度のどっちの方が重要!ということはなく、その重要度はアスリート間で異なる可能性が高い

 

 

スプリントの分野は勉強していて複雑だなと感じる反面、奥が深くて勉強していてかなり面白いです。

 

また今度スプリントに関する記事の続きを書く予定ですので、次も是非ご覧ください🙇‍♂️

 

今回はこれで終わります!

 

ではまた!!

 

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追伸

先日修士論文の提出を終えました!

あとは月末にある発表会を残すのみです。

 

あと、僕個人的の話でいうと、4月から北海道に引っ越すことになっているので最近は家を探しています。

北海道の家はエアコンがない家が多いのですが、最近は北海道でも夏の暑さが厳しくなってきて、エアコンなしでは夜になると暑すぎて寝られない日もあります(本州の人には「そんなん全然暑くないじゃん!」って言われそうですが笑)

なので、引っ越す家の条件として個人的にエアコンがついていることは必須です(笑)

 

参考文献

  1. ストレングストレーニング&コンディショニング 第4版
  2. Gajer BC et al. (1999). Evolution of stride and amplitude during course ofthe 100 m event in athletics. New Stud Athl 14.1 43-50.
  3. 福田厚治ら. (2013). 一流短距離選手の接地期および滞空期における身体移動に関する分析. 陸上競技研究紀要, 9, 56-60.
  4. Hunter JP et al. (2004). Interaction of step length and step rate during sprint running. Med Sci Sports Exerc. 36(2), 261-271.
  5. Nagahara R et al. (2014). Association of acceleration with spatiotemporal variables in maximal sprinting. Int J Sports Med, 35(9), 755-761.
  6. Dorn TW et al. (2012). Muscular strategy shift in human running dependence of running speed on hip and ankle muscle performance. J Exp Biol. 215(Pt 11), 1944-1956.
  7. Pandy MG et al. (2021). How muscles maximize performance in accelerated sprinting. Scand J Med Sci Sports 31, 1882–1896.
  8. Schache AG et al. (2011). Effect of running speed on lower limb joint kinetics. Med Sci Sports Exerc. 43(7), 1260-1271.
  9. Weyand PG et al. (2000). Faster top running speeds are achieved with greater ground forces not more rapid leg movements. J Appl Physiol (1985). 89(5), 1991-1999.
  10. Mann and Herman. (1985). Kinematic analysis of Olympic sprint performance Men's 200 meters. J Appl Biomech, 1 (2), 151-162.
  11. Morin JB et al. (2012). Mechanical determinants of 100-m sprint running performance. Eur J Appl Physiol. 112(11), 3921-3930.
  12. 松尾ら. (2010). 世界トップランナーのストライド頻度とストライド長の変化. 陸上競技研究紀要, 6, 56-62.
  13. Salo Al. (2011). Elite sprinting are athletes individually step-frequency or step-length reliant. Med Sci Sports Exerc. 43(6), 1055-1062.

 

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  • この記事を書いた人

中田 開人

PT,CSCS,MS(スポーツ科学) 早稲田大学大学院博士後期課程 1996年7月22日生まれ 北海道札幌市出身 アスリートのパフォーマンスを高める専門家(S&Cコーチ)として活動しています。

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