今回の記事では、
スポーツ場面で頻繁に遭遇するハムストリングスの肉離れを予防するために、
数あるハムストリングスのエクササイズの中からトレーニング指導者はどのような点に注目してエクササイズを選択すればよいのか
について話していきたいと思います。
目次
1.ハムストリングス肉離れの概要
まず最初に、簡単にハムストリングス肉離れの概要について話していきます。
ハムストリングスの肉離れはスポーツにおいて最も頻度の高い傷害ともいわれており1、
スポーツの中でも高速スプリントを伴うスポーツにおいて発生する可能性が高いと言われています²。
ちなみにハムストリングスは大腿二頭筋長頭、短頭、そして半膜様筋、半腱様筋の4つの筋から構成されており、その中でも特に肉離れは大腿二頭筋長頭で頻発することが報告されています³。
例えば、
Ekstrand et al. (2016) は46のサッカーチームを2007年から2014年まで追跡した長期間の前向き研究で、全体で発生したハムストリングス肉離れの内(253件)、84%程度(212件)は大腿二頭筋長頭で発生することを報告しています³。
また、ハムストリングス肉離れの特徴として、再発率が非常に高い傷害であることがあげられます³。
Ekstrand et al. (2016) が行った先程の研究によると、シーズン中にハムストリングスの肉離れを起こした選手の内、20%以上が同じシーズン中に肉離れを再発していた³ことが報告されています。
そして、ハムストリングス肉離れの1回の負傷は通常トレーニングや試合から平均して17日間離れることを余儀なくさせており⁴、
選手個人はもちろん、チームとしての不利益があることは想像に難しくないと思います。
こういった背景から、高速スプリントが求められるアスリートに対しては、あらかじめハムストリングス肉離れの発症率を下げるためのアプローチもしていく必要があるといえるでしょう。
2.ハムストリングス肉離れのリスク因子
次に、ハムストリングスの肉離れがどういったリスク因子が関与しているかについて話していきます。
主なリスク因子としては、
- 年齢が高いこと
- 受傷歴があること
- 筋束長が短いこと
- 伸張性筋力が低いこと
などが挙げられます⁵。
この中で、年齢や受傷歴などは中々改善のしようがないですが、
その他の
「筋束長」や「伸張性筋力」
に関しては、トレーニング指導によってある程度改善することが可能でしょうし、これら2つのリスク因子の重要性に関しては多くの論文で示されています。
例えば、Timmins et al. (2016) は、ハムストリングスの筋束長が長い選手(10.56cm以上)に対して短い選手(10.56cm未満)はハムストリングス肉離れの発症率が4倍ほど高く⁵、
さらには、その筋束長が0.56㎝長くなるにつれて肉離れの発症率は74%も低下することを報告しています(これって凄くないですか??)。
また伸張性筋力に関しては、
Opar et al. (2015) は、シーズン前にノルディックハムストリングス中に測定された伸張性筋力が低いアスリートほどシーズン中にハムストリングス肉離れを受傷する確率が高くなることを報告しています⁶。
ではなぜ「筋束長の短さ」や「伸張性筋力の低さ」がハムストリング肉離れのリスク因子となるのでしょうか。
前述した通り、ハムストリングスの肉離れは高速スプリントで発生する可能性が高いと言われてますが、そのスプリントの局面の中でもハムストリングスの肉離れが頻繁に発生する局面は
「スイング期後期」
といわれています²。
このスイング期後期では、
股関節の伸展運動を起こすためにハムストリングスが活動する一方で(①)、
下肢全体を勢いよく振り戻す運動が生じるため、下腿が回転する方向(膝関節の伸展)に外力が加わり(②)、
それに抵抗するためにハムストリングスの強力な伸張性収縮が求められます(③)。
したがって、ハムストリングスの筋束長が短いと、このスイング期後期でハムストリングスがオーバーストレッチを受け損傷してしまったり、
また、伸張性筋力が弱いとスイング期後期の強力な伸張性収縮に耐え切れず、これまたハムの肉離れが引き起こされる可能性が高くなります。
この様な理由から、ハムストリングス肉離れを予防するためのトレーニングとして
これら2つのリスク因子を改善することに注力することは重要であると考えられます。
そして、これら2つの因子は伸張性トレーニングによって改善することが可能であり、
ハムの肉離れ予防には伸張性収縮を強調したエクササイズをトレーニングに組み込むことが重要であると考えられます。
(この他にも、「ハムストリングス筋力の左右差」や「疲労の程度」などもリスク因子として挙げられますが、今回の記事では「筋束長」と「伸張性筋力」に注目して話していきます)
3.主導関節と活動するハムストリングスの関係について
面白いことにハムストリングスを狙った数あるエクササイズを
主導関節が股関節のエクササイズ(ルーマニアンデッドリフトやヒップエクステンション)と膝関節のエクササイズ(ノルディックハムストリングスやレッグカール)
の大きく2つに分けたときに、有意に活動する筋が異なることが知られています。
具体的には、股関節を主導関節として行うハムストリングスのエクササイズでは大腿二頭筋長頭(+半膜様筋)が、
一方で、膝関節を主導関節として行うハムストリングスのエクササイズでは半腱様筋(+大腿二頭筋短頭)が活動しやすいと言われています⁷。
下の図は、いくつかのハムストリングスのエクササイズの大腿二頭筋長頭と半腱様筋の活動比をグラフ化したもので、股関節を主導関節として動かすエクササイズでは大腿二頭筋長頭の活動比が高くなる傾向があるのが確認できます。
長期間の介入実験でもこの傾向は観察されます。
例えばBourne et al. (2017) は、
10週間のノルディックハムストリングス(主導関節=膝関節)とヒップエクステンション(主導関節=股関節)がハムストリングスの筋形態にもたらす効果を調査した結果、
ノルディックハムストリングスを実施した群は大腿二頭筋長頭と半腱様筋の筋肥大の程度がそれぞれ6%と21%であったのに対し、
ヒップエクステンションを実施した群ではそれぞれ12%と14%であったことを報告しています
(統計的には大腿二頭筋長頭の筋肥大の程度はヒップエクステンション群がノルディックハムストリングス群よりも高く、半腱様筋は群間に差なし)⁸。
この点を踏まえると、先述したハムストリングス肉離れが頻発する大腿二頭筋長頭を選択的に強化するためには、
「股関節主体のエクササイズの方がもしかすると効率的なのでは?」
と予想することができますし、
「ハムストリングス全体を強化するためには主導関節の異なるエクササイズを組み合わせる方がいいかも」
と考えることもできます。
4.推奨されるハムストリングスのトレーニング種目の例
ではここからは、ハムストリングス肉離れを予防するのに推奨されるであろうエクササイズを少し紹介します。
ノルディックハムストリングス
おそらくノルディックハムストリングスはハムストリングス肉離れ予防のためのエクササイズとして最も調査されているエクササイズではないでしょうか?
☟ノルディックハムストリングス
Arnason et al. (2008) は、ノルディックハムストリングスをシーズン中に継続してトレーニングプログラムに組み込んだ群は、組み込まなかった群よりもハムストリングス肉離れの発症率が65%も低くなることを報告しました⁹。
ただ、ノルディックハムストリングスの主導関節は膝関節であるため、活動比で考えるとノルディックハムストリングスでは大腿二頭筋長頭に比べて半腱様筋の筋活動が高いことが予想されます。
では大腿二頭筋長頭の肉離れを予防する上で、ノルディックハムストリングスをエクササイズとして選択することは非効率なのでしょうか?
この点については、ハムストリングスの筋活動比だけでエクササイズの良し悪しを決めるのでなく、絶対的な大腿二頭筋長頭の筋活動も含めて考える必要があります。
確かにノルディックハムストリングスは大腿二頭筋長頭に比べて半腱様筋の活動量が高いのですが、
実は大腿二頭筋長頭の絶対的な筋活動自体もかなり高いことが知られています10。
というのも、ノルディックハムストリングスで実施される伸張性局面は非常に大きな伸張性筋力が求められ、多くの人にとって過負荷となっていることが予想されます。
実際に、下のグラフは数あるハムストリングスのエクササイズの伸張局面における大腿二頭筋長頭の筋活動量(縦軸)と内側ハム(半腱様筋と半膜様筋)の筋活動量(横軸)を表したものです。
グラフのように、ノルディックハムストリングスは数あるハムストリングスのエクササイズの中でも伸張局面だけでみたときの大腿二頭筋の筋活動が最も高いことがわかります。
この結果を踏まえてBourne et al. (2017)は、
Nordic preferentially activates the semitendinosus, and this might be interpreted as evidence that the exercise is suboptimal to protection against running-related strain injury which predominantly effects the BFLongHead. It is entirely possible that the Nordic confers injury-preventive benefits via an improved load bearing capacity of the ST, however, in this study, we have provided EMG evidence which shows, despite the relatively selective activation of the semitendinosus, that the BF was still strongly activated during this exercise.
ノルディックハムストリングスは半腱様筋を優先的に活性化するため、大腿二頭筋長頭に対して主に影響を与えるランニング関連の損傷に対する保護には最適ではないという証拠と解釈されるかもしれない。しかし、本研究では半腱様筋が比較的選択的に活性化されるにもかかわらず、大腿二頭筋長頭がこの運動中に強く活性化されることを示すEMGの証拠を提供した.
と述べています10。
したがって、ノルディックハムストリングスをハムストリングスの肉離れ予防のプログラムとして組み込むことは理にかなっているといえるでしょう。
ルーマニアンデッドリフト
ルーマニアンデッドリフトは普通のデッドリフトに比べて、膝関節を固定し股関節を屈曲させていくエクササイズであり、股関節主体のハムストリングスのエクササイズといえます。
☟ルーマニアンデッドリフト
したがって、ルーマニアンデッドリフトでは肉離れが頻発しやすい大腿二頭筋長頭に対して特に刺激を加えることが可能であり、肉離れ予防のプログラムとしても有効であるかもしれません。
そして、ルーマニアンデッドリフトは比較的高重量を扱うことが可能なエクササイズでもあり、
大きな刺激を大腿二頭筋長頭に与えることも可能でしょう。
個人的にルーマニアンデッドリフトは傷害予防だけでなく、パフォーマンス向上の観点からも非常に有効なエクササイズであると考えており、好んで処方するエクササイズの一つでもあります。
高速スプリント
エクササイズとしては意外と盲点となりやすいですが、高速スプリント自体も立派なハムストリングスのトレーニングとして考えることができます。
実際に6週間のスプリントトレーニングとノルディックハムストリングストレーニングのそれぞれが、ハムストリングスの筋形態にもたらす効果を調査した研究では、
リスク因子の一つである筋束長がスプリント群で最も大きく改善したことが示されています11。
加えて、Prince et al. (2021) 12は最大スプリント時のハムストリングスの筋活動(peak EMG)を100%とし、それに対するあらゆるスプリント特有のハムストリングスエクササイズの筋活動を測定したところ、
ノルディックハムストリングスを含むいずれのエクササイズも60%を下回ることを明らかにしました。
この結果から彼らは、
our results suggest that sprinting would be the best exercise to highly activate the hamstring and to induce muscle adaptation 我々の結果は、スプリントがハムストリングスを十分に活動させ、筋の適応を引き起こす最も有効なエクササイズであることを示している
と述べています。
この結果からも、スプリントがハムストリングスに大きな適応をもたらし、肉離れの予防に繋げる有効なエクササイズの一つであることが示唆されます。
しかし、これは裏を返すと、
スプリントはハムストリングスに大きな力発揮を要求し肉離れを引き起こしやすい種目であることも意味しており、特にオフ明けでいきなり最大スプリントを全力でやると損傷リスクが高まることが予想されます。
したがって、最大スプリントを練習に導入する際には段階的に強度と量を上げていく必要があるでしょう。
まとめ
今回の記事では、ハムストリングス肉離れを予防するためにどういった点に注目しながらエクササイズを選択していけばよいかについて話しました。
以下今回のまとめです。
- ハムストリングスは高速スプリントが求められるスポーツで頻発する傷害の一つであり、再発率が高い
- トレーニングで改善できるリスク因子として「筋束長の短さ」や「伸張性筋力の低さ」が挙げられる
- 股関節主導のエクササイズでは大腿二頭筋長頭、膝関節主導のエクササイズでは半腱様筋が比較的活動しやすい
高速スプリントが求められ、ハムストリングスの肉離れを予防する必要性が高いスポーツに関わる方々は是非今回の記事を参考にしてみて下さい!
今回ここで終わります。
ではまた!!
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追伸
先月末北海道に引っ越してきましたが、やっぱりこっちは少し寒いですね。
大好物のスープカレーはもう3回ほど食べました(笑)
↓僕が大好きなスープカレー屋さんにも久しぶりに行ってきました
4月からは仕事も始まり環境も大きく変わったのでバタバタしてましたが、時間を見つけてSNSでの発信やブログも継続していきたいと思います!
参考文献
- Crema MD et al. (2018). Imaging-detected acute muscle injuries in athletes participating in the Rio de Janeiro 2016 Summer Olympic Games. Br J Sports Med. 52(7), 460-464.
- Ekstrand J et al. (2011). Epidemiology of muscle injuries in professional football (soccer). Am J Sports Med. 39(6), 1226-1232.
- Ekstrand J et al. (2016). MRI findings and return to play in football a prospective analysis of 255 hamstring injuries in the UEFA Elite Club Injury Study. Br J Sports Med. 50(12), 738-743.
- Ekstrand J et al. (2016). Hamstring injuries have increased by 4% annually in men's professional football, since 2001 a 13-year longitudinal analysis of the UEFA Elite Club injury study. Br J Sports Med.
- Timmins RG et al. (2016). Short biceps femoris fascicles and eccentric knee flexor weakness increase the risk of hamstring injury in elite football (soccer): a prospective cohort study. Br J Sports Med. 50(24), 1524-1535.
- Opar DA et al. (2015). Eccentric hamstring strength and hamstring injury risk in Australian footballers. Med Sci Sports Exerc. 47(4), 857-865.
- Bourne MN et al. (2018). An Evidence-Based Framework for Strengthening Exercises to Prevent Hamstring Injury. Sports Med. 48(2), 251-267.
- Bourne MN et al. (2017). Impact of the Nordic hamstring and hip extension exercises on hamstring architecture and morphology: implications for injury prevention. Br J Sports Med. 51(5), 469-477.
- Arnason A et al. (2008). Prevention of hamstring strains in elite soccer: an intervention study. Scand J Med Sci Sports. 18(1), 40-48.
- Bourne MN et al. (2017). Impact of exercise selection on hamstring muscle activation. Br J Sports Med. 51(13), 1021-1028.
- Mendiguchia J et al. (2020). Sprint versus isolated eccentric training: Comparative effects on hamstring architecture and performance in soccer players. PLoS One. 15(2), e0228283.
- Prince C et al. (2021). Sprint Specificity of Isolated Hamstring-Strengthening Exercises in Terms of Muscle Activity and Force Production. Front Sports Act Living. 2, 609636.