最近、僕が指導しているチームのある選手が練習中に足首を捻挫してしまいました。
選手を診ていただいているATの方からは、受傷側のトレーニングをしばらく中断するように指示を受けました。
一方で、受傷した側と反対側のトレーニングをするのはOKとのことでした。
このような状況の中、僕は基本的に”怪我をしていない側”だけでもトレーニングをしてもらうようにしています。
僕がこの決断をする背景には、片側のトレーニングをしたときに身体の中で生じる『cross-education effect』という現象の存在があります。
今回はこの『cross-education effect』について話していきたいと思います。
目次
1. cross-education effectとは何か?
cross-education effect(以下、CE)とは、
「片側のトレーニングを行うと対側(トレーニングをしてない方)の筋力も同時に向上する現象」
のことです。
トレーニングをしていなくても(動かしていなくても)筋力が向上するなんて不思議ですよね!
このCEという現象は、1894年にScripture1)という方によって初めて確認されたようで、
かなり昔から認知されていた現象だったようです。
まず手始めに、今年発表されたCEに関連する論文を紹介しようと思います。
Martínez et al.2)は、6週間の片側伸張性スクワット(3秒間あるいは6秒間)を行った後、対側の非トレーニング側の伸張性筋力が介入前よりも有意に向上していることを確認しました。
また、ここで得られた筋力の向上は6週間のディトレーニング(トレーニング休止期間)後でも介入前より有意に高い状況が保たれていました。
この結果みると、両群とも平均して60kg近く1RM値を高めています。
「CEの効果はせいぜい数%くらいでしょ~」
と思ってた方は意外と値が大きく向上しているのをみて驚いてるのではないでしょうか。
僕も調べを進めていく中で
「思ってたよりCEの効果って高いんだなあ」という印象を受けました。
2. どのぐらい反対側に筋力向上効果をもたらすか?
では、このCEはどの程度反対側に効果をもたらすのでしょうか?
CEの程度に関しては、メタ分析が行われた論文がいくつかあるので下の表で3つほどまとめてみました。
※メタ分析とは、複数の研究結果を統合して、より高い視点から比較検討するために行われる統計手法のことです。一般的に最も質の高い根拠として扱われます。
- 非トレーニング側で得られる筋力は基準値から平均して7.8%向上し、これはトレーニング側で得られた筋力向上の35.1%程度(Munn et al. 2004)3)
- 非トレーニング側で得られる筋力は基準値から平均して11.9%向上する(Manca et al. 2017)4)
- 非トレーニング側の筋力は健常の若い人で18%、健常の高齢者では15%ほど基準値から向上する。またこれらすべてを平均すると、CEはトレーニング側で得られる筋力向上の48~77%ほどの効果がある(Green & Gabriel. 2018)5)
この結果から、片側のトレーニングをすることで非トレーニング側の筋力が向上することはほぼ間違いなく、その程度も確認できるかできないかぐらいの差ではなく、しっかりと目に見えるだけの効果を発揮するようです。
3. 収縮様式の違いによってcross-education effectの程度は異なる
また最近になって、トレーニング側で行われるエクササイズがどの収縮様式(短縮性収縮、伸張性収縮、あるいは等尺性収縮)で行われるかによって、反対側の筋力向上の程度も異なることが報告されています。
例えば、Manca et al.4)によって行われたメタ分析によれば、
伸張性収縮で行われた場合のCEの程度(17.7%)、あるいは短縮性収縮と伸張性収縮を組み合わせて行った場合のCEの程度(15.9%)は、等尺性収縮で行われた場合のCEの程度(8.2%)よりも高いことが示されました。
その他にもTseng et al.6)は、肘屈曲筋のトレーニングを短縮性収縮で行う群と伸張性収縮で行う群がそれぞれどれだけ反対側の肘屈曲筋力を向上させるかを調査しました。
その結果、上の図で示したように、トレーニング側で得られた筋力向上の程度は伸張性収縮トレーニング群(19%)の方が短縮性収縮トレーニング群(10%)よりも高いことが示され、反対側の筋力向上に関しても伸張性収縮トレーニング群(11%)の方が短縮性収縮トレーニング群(5%)よりも高いことが確認されました。
(ちなみに両群ともにトレーニングは5週間に渡って(計5回のセッション)行われ、MVC強度の10%、30%、50%、80%、100%と週毎に負荷を上げていくプロトコルで実施されました)
したがって今現在では、CEの効果を大きく得るためには等尺性収縮のような動きを伴わない運動よりも、動きを伴う動的な運動の方が高いCEを発揮し、その中でも伸張性収縮で行われる運動は特に高いCEを発揮すると考えられています。
4. 「片側だけトレーニングすると左右差出るんじゃない??」に対する答え
片側トレーニングの話をするとしばしば、
「片側だけトレーニングして左右差が大きくなってしまうんじゃないの?」
という話題があがります。
皆さんはどのように考えますか??
僕は結論から言うと、ある程度の左右差が出たとしても”片側しかトレーニングができない状況であれば”積極的にできる側だけでもトレーニングをした方がいいと思っています。
というのも怪我をしてからトレーニング休止期間に入ると、その期間内で大きく筋力が低下することが予想されます。
そして、怪我をした場合を想像してもらうと分かると思いますが、
片側だけ怪我をすると、普段の日常生活で怪我をしていない側で反対側をかばうように生活をしてしまう傾向にありますよね。
この様な生活を続けていくと、健常側よりも傷害側の方が大きく筋力低下が起こると予想されます(不活動による筋力低下)。
なので、仮に片側トレーニングをせずに筋力に左右差が出ないようにしたとしても、ある程度の左右差は出てしまうことが考えられます。
しかも、怪我をしていない側の筋力もトレーニング休止期間が長くなればなるほど低下していきます。
これではいざ怪我が治ったとしても、元の筋力に戻すまでに多くの時間を費やすことになり、結果として実践復帰も遅くなるでしょう(できたとしても大きくパフォーマンスが低下する)。
この様な状況に陥るのであれば、あらかじめ左右差が出てしまってでも片側のトレーニングを行い筋力を維持させる(あるいは向上させる)ことが重要であると考えます。
そしてその左右差というのも、今回のテーマであるCEによっていくらか軽減されるでしょう。
つまり、リハビリ期間でトレーニングも休止させてしまう場合は
『マイナス方面での左右差』
となり、片側トレーニングだけでも行った場合は
『プラス方面での左右差』
ということになります。
このように、ある程度の左右差が出てしまったとしても、両側の筋力低下を抑えておくことでより早期に、そしてスムーズに競技復帰することが出来ると考えられます。
(ただ、復帰当初は左右差を正す期間を多少設けた方がいいかもしれません)
なので、僕は怪我をした選手が片側だけでもトレーニングできる状況であるならば、積極的に片側トレーニングをさせるようにしています。
5. 実践動画
実際に片脚を怪我したときに個人的におすすめの種目を2つ紹介します。
1つ目は『伸張局面を強調した片脚レッグプレス』です。
この種目では、降ろすとき(伸張局面)を5秒間かけてゆっくりと降ろして伸張性刺激を片側に加えます。
挙げるときも片脚で挙げるので重量は中~高重量が良いでしょう。
2つ目は『オーバーロード片脚伸張性レッグプレス』です(名前は僕が勝手につけてます笑)。
こちらは1つ目よりも重い重量に設定して、片脚で挙げるのが困難な重量に設定します。
そして、挙げるときは両脚で挙げて、降ろすときのみ片脚に切り替えて5秒間かけてゆっくりと降ろします。
2つともCEが大きく誘発される伸張性収縮を強調して行うことがミソです。
またどちらもレッグプレスを使用した種目ですが、その他のマシンでも同じ要領でできるものはあると思います(レッグエクステンションなど)。
色々試してみてください!
まとめ
今回はcross-education effect(CE)について話してきました。
今回のまとめです。
- CEとは『片側のトレーニングを行うと対側(トレーニングをしてない方)の筋力も同時に向上する現象』のこと
-
CEはしっかりと目に見えるほどのはっきりとした筋力向上効果を反対側にもたらす
- 動作を伴う運動の中でも伸張性収縮で行われる運動は特に高いCEを発揮する
- 片側しかトレーニングができない状況であれば、積極的に片側トレーニングをした方が良いかもしれない(今現在の僕の考え)
スポーツに怪我は付き物で、切っても切れない関係かと思います。
なのでS&Cコーチは、アスリートのパフォーマンスを向上させることだけに着目するだけでなく、
怪我を出来るだけ予防する、そして出来るだけ早い実践復帰を目指すといった視点も兼ね備えることが非常に重要かと思います。
この様な傷害に関する観点を理学療法士やATだけでなく、S&Cコーチも持つことで業種間での連携もよりスムーズになり、選手の早期復帰や傷害リスク減少につながるでしょう。
それでは今回はこれで終わります。
ではまた!
参考文献
- Scripture EW et al. (1894). On the education of muscular control and power. Stud Yale Psychol Lab. 2(5), 114-119.
- Martínez F et al. (2021). Effects of Cross-Education After 6 Weeks of Eccentric Single-Leg Decline Squats Performed With Different Execution Times A Randomized Controlled Trial. Sports Health.
- Munn J et al. (2004). Contralateral effects of unilateral resistance training a meta-analysis. J Appl Physiol (1985). 96(5), 1861-1866.
- Manca A et al. (2017). Cross-education of muscular strength following unilateral resistance training a meta-analysis. Eur J Appl Physiol. 117(11), 2335-2354.
- Green LA & Gabriel DA. (2018). The effect of unilateral training on contralateral limb strength in young, older, and patient populations a meta-analysis of cross education. Physical Ther Rev. 23(4-5), 238-249.
- Tseng WC et al. (2020). Contralateral Effects by Unilateral Eccentric versus Concentric Resistance Training. Med Sci Sports Exerc. 52(2), 474-483.