今回の記事では、ハムストリングスに関する記事を書いていきたいと思います。
その中でも今回の記事ではタイトルにもある通り、モーメントアームの考えをもとにハムストリングスを構成する筋の役割について考えていこうと思います。
「モーメントの考えをもとに...ってどういうこと??」
って思われる方も多いかもしれません。
みなさんご存知の通り、ハムストリングスは外側の大腿二頭筋長頭と短頭、そして内側の半膜様筋と半腱様筋から構成されており、それぞれの筋がもつ役割については多少異なることが知られています。
そしてその役割の違いが実はモーメントアームの観点から部分的に説明できるかもしれない。
そんな話をしていきたいと思います。
このモーメントアームをもとにした考え方というのは恐らくあまり一般的ではなく、
これまでその観点でハムストリングスの役割について考えたことがなかったという方も少なくないかもしれません。
僕自身もここ最近になって整理されてきた考え方であり、一度ブログ記事という形で残しておきたいと思って今回の記事を書くことに至りました。
今回の記事の最後には
「じゃあ実際にこの知識はトレーニングにどう活きるのか?」
といったところまで考えていきますので、ぜひ最後まで読んで今回の内容を現場に活かしていただければと思います。
では早速順を追ってみていきましょう!
目次
1.ハムストリングス各筋の形態学的特徴について振り返ろう
初めに、ハムストリングスの形態学的特徴について振り返っていきます。
「ん?!今回の内容はモーメントアームの話だよな。形態学的特徴って関係あるの?」
と思われた方もいるかもしれません。
ただ、ここで話す内容は後のモーメントアームの話とも関連しています。
なので、順を追って確認していければと思います。
まず、大腿二頭筋と半膜様筋は羽状筋で、半腱様筋は紡錘状筋であるといわれています。
羽状筋はその名前の通り、筋線維が羽のように斜めに並ぶ形をとっています。
このような構造上の特徴から羽状筋は比較的短い筋線維を多く並列して配置させることができるため、
いわゆる生理学的断面積(PCSA)が大きい(≒発揮筋力も大きい)と言われています。
一方で、紡錘状筋は長い筋線維を長軸方向に伸ばしているため、筋線維長は長いですが、PCSAは比較的小さいという構造的特徴を持っています。
また、半腱様筋は直列のサルコメア数が多いと言われており、「筋線維長/サルコメア長」に関しては大腿二頭筋長頭や半膜様筋のおおよそ2倍ほどあると言われています。1
これがどういう意味を持つかというと、
例えば下の図のようにサルコメア数が6個のAという筋とサルコメア数が12個のBという筋肉があったときに、
どちらの筋も筋線維長が「2」伸びたとします。
そうすると、サルコメア数の多いBの筋肉の方が一つ一つのサルコメアにかかる伸張負荷を分散することができています。
この結果は死体標本を用いた実験から推定された長さー張力関係のグラフとも一致しており、
大腿二頭筋や半膜様筋よりも半腱様筋はサルコメア長の長さ変化が比較的小さいのが分かります。
復習にはなりますが、ハムストリングスの肉離れは主にスプリント型では大腿二頭筋長頭、ストレッチ型では半膜様筋で頻発することが知られています。2
これを説明する一つの要因として、サルコメア数が比較的少なく、筋線維全体の伸張負荷に対して、一つ一つのサルコメアにかかる伸張負荷が大腿二頭筋長頭と半膜様筋で相対的に高いことが関係しているかもしれません。
2.股関節と膝関節におけるハムストリングスのモーメントアーム
ここで今回の記事のタイトルにあるハムストリングスのモーメントアームについて確認していきます。
先行研究によるとハムストリングスのモーメントアームは膝関節と股関節とで異なることがわかっています。1
具体的には、関節角度によってそれぞれのハムストリングスのモーメントアームは変化するのですが、
全体として股関節におけるモーメントアームの方が膝関節におけるモーメントアームよりも大きいことが知られています。3
そして、各筋をみてみると、半腱様筋というのは大腿二頭筋長頭や半膜様筋よりもモーメントアームが大きいことがわかります。
なぜ、半腱様筋は他のハムストリングスを構成する筋よりもモーメントアームが大きいのか?
ここで先ほどのハムストリングスの形態学的特徴が関係してきます。
先ほど書いた通り、半腱様筋というのは紡錘状筋であり、筋線維長が長いという特徴を持つ一方で、PCSAが比較的小さいため、発揮する筋力は大腿二頭筋長頭や半膜様筋よりも劣ります。
各関節を動かすためのトルクというのは筋の発揮張力に関節との間で成り立つモーメントアームを掛け合わせることで計算されます。
したがって、
力発揮という面において不利な半腱様筋はモーメントアームを長くすることでその弱点を補っているのではないか?
と考えられます。
下の図は膝関節における各ハムストリングスの付着部位とモーメントアームが示されていますが、半腱様筋のモーメントアームが他のハムストリングスを構成する筋よりも大きいのがわかります。
参考
3.円弧長と中心角の関係性から考えるハムストリングスの役割
以上の前提条件を踏まえて、ハムストリングスを構成する各筋の役割を理解する上で重要な円弧長と中心角の関係性を見ていこうと思います。
「円弧長と中心角の関係性」とは円弧長は半径×中心角と等しいことを表す関係性のことを言います。
これだけではパッとイメージしにくいかと思うので順を追って説明していきたいと思います。
まず、円は一周すると、
- 角度 → 2π(または360°)
- 長さ → 円周 2πr
(半径:r;中心角:赤い部分の円弧長:s)
で表すことができます。
ここで重要なのは、
「中心角が円全体の何割かによって、円弧の長さも円周の何割になるかが決まる(角度の割合 = 長さの割合)」
という考え方です。
つまり、
「円弧の長さ/円周=中心角/円全体の角度
となります。
図の式でいうと、
「s/2πr = θ/2π」
です。
ここで両辺に 2πをかけると、
「s/r=θ」
さらに整理すると、
「s = rθ」
になります。
これが円弧長と中心角の関係性になります。
では、これが今回のハムストリングスの話とどう関係してくるか?
この円弧の長さ=半径×角度はヒトの骨格筋で表すと、
「筋の長さ(変化)=モーメントアーム × 関節角度(変化)」
に置き換えることができます。
というのも、筋肉というのは付着していう停止部が関節を中心に回転運動しており、
筋付着部の移動経路が円弧に近いと言われているからです。
この「筋の長さ(変化)=モーメントアーム×関節角度(変化)」と先ほどのモーメントアームの話を組み合わせると色々なことが見えてきます。
A.股関節運動の方がハムストリングスの長さ変化は起こりやすい
まず、先ほどはハムストリングスにおいて、股関節のモーメントアームの方が膝関節のモーメントアームよりも大きいことを説明しました。
これは「筋の長さ(変化)=モーメントアーム × 関節角度(変化)」
を踏まえて考えてみると、
もし同じだけ膝関節と股関節の角度が変化した場合、股関節が動いた時の方が筋の長さ変化も起こりやすい
ということを表しています。
これは股関節屈曲角度が大きいスプリントの遊脚期にハムストリングス肉離れが頻発することを踏まえると納得できるかもしれません。4
また、ハムストリングス肉離れは特に股関節に近い近位側で頻発することがわかっており、5
スプリントの時に筋腱の歪みが最も大きくなるのも近位側であることもわかっています。6
「なぜ遠位側(膝関節付近)よりも近位側(股関節付近)で肉離れが多いのか?」
もしかするとこの疑問はモーメントアームの観点から部分的に説明される可能性があり、
モーメントアームの長い股関節付近において筋長の長さ変化がより大きく起こることで、ハムに対する伸張負荷が近位側でより過度にかかりやすいことを反映しているかもしれません(個人的な考えですので参考程度に)。
B.膝関節の伸展角度速度を速めるのに適した進化を遂げた?
また、「筋の長さ(変化)= モーメントアーム × 関節角度(変化)」は時間で微分すると
「筋の収縮速度(変化)= モーメントアーム × 関節角速度(変化)」が成り立ちます。
これは
「筋の収縮速度(変化)/ モーメントアーム = 関節角速度(変化)」
に置き換えられるため、
モーメントアームの短い膝関節というのは関節角速度変化が起こりやすい構造と言えるかもしれません。
「なぜ膝関節においてより関節角速度が速くなりやすい構造になっているか?」
こちらに関しての疑問はヒトが2足歩行であることを考えると理解しやすいかもしれません。
ヒトの歩行や走行では、特に末端の下腿セグメントを振り子のように前後へ高速で振り出す必要があり、遊脚期においては膝関節の高速な屈伸運動が求められます。
ここで、ハムストリングスのモーメントアームが小さい膝関節では、比較的小さな筋長変化で大きな関節運動を実現することができるため、
筋の収縮速度が同じという条件下においては、より高速かつ効率的な脚の振り出しに有利になる可能性があります。
そのようなことを踏まえると、ハムストリングスのモーメントアームが膝関節において小さいことはヒトの進化という点において理にかなっているのかもしれません。
4.異なるハムストリングス強化種目がもたらす適応の違い
では最後に、ここまでの内容を実際のトレーニング現場に落とし込むとしたらどのようなことが言えるか考えてみようと思います。
先ほどは股関節の方がハムストリングスのモーメントアームが大きく、筋の長さ変化が起こりやすいということを話しました。
筋が肥大する上では筋が伸ばされる負荷が重要になってきますが、
これを踏まえると、
股関節を大きく動かすエクササイズというのはハムストリングスの長さ変化が起こりやすく肥大しやすい
と言えるかもしれません。
例えば、Bourne et al., (2017)は、30名の男性被験者を対象を10週間のハムストリングストレーニング(ノルディックハムストリングス [NHE; n = 10]、あるいは股関節エクササイズ [HE; n = 10])を行う群、そしてコントロール群に分類し、筋構造や筋力に及ぼす影響を調査しました。7
その結果、大腿二頭筋長頭の筋サイズに関して、股関節を大きく動かすHE群の方がNHEよりも有意に大きく肥大することを明らかにしました(有意ではないものの半膜様筋も同様の傾向は観察される)。
一方で、半腱様筋に関してはHE群の方がNHE群よりも肥大しているという傾向は観察されません。
この結果に関する真相は明らかではありませんが、半腱様筋は膝関節においてもモーメントアームが長いため、膝関節主導のエクササイズにおいても長さ変化が起こりやすいという特徴があるのかもしれません。
またその他の関連研究も紹介します。
こちらは立命館大学の前大先生が筆頭著者で発表された論文になります。8
この研究では42名の若年健常男性被験者を以下の3つの群に群分けしました。
- 股関節を屈曲させた状態で伸張性局面を強調して行うレッグカールを行う群:Lengthened state eccentric training(LSET;n = 14)
- ノルディックハムストリングスを行う群:NHE(n = 14)
- コントロール群:CON(n = 14)
そして週3回、12週間のトレーニングによってハムストリングスの筋横断面積がどのように変化するかが調査されました。
このLSET群というのは股関節屈曲位で行われており、股関節が比較的中間位で行われるノルディックハムストリングスよりもハムストリングスがより伸張していると考えられます。
その結果、大腿二頭筋長頭と半膜様筋に関してはLSET群がNHE群とCON群と比較して有意に大きく肥大していることがわかり、NHE群に関してはCON群と比較して有意な差は観察されませんでした。
一方で、半腱様筋に関しては、LSET群とNHE群ともにCON群よりも有意に大きな変化が生じていることがわかりました。
したがって、先ほどのBourne et al., (2017)の結果と類似しており、股関節を屈曲させてハムストリングスが大きく伸張した状態で行われるハムストリングスのエクササイズは大腿二頭筋長頭や半膜様筋の適応を起こす上では有効な手段なのかもしれません。
ハムストリングスのスプリント型は大腿二頭筋長頭、ストレッチ型は半膜様筋において頻発することを踏まえると、股関節を屈曲させて行うエクササイズは重要なエクササイズの一つとして位置付けられるかもしれません。
ただ注意してほしい点としては、ノルディックハムストリングスのような股関節がおおよそ中間位の状態で膝関節主導で行われるエクササイズが大腿二頭筋長頭や半膜様筋の肉離れ予防にとって有効ではないかといったらそうではないということです。
今回紹介した論文では筋の肥大に着目しましたが、先行研究においては、ノルディックハムストリングスの介入によって肉離れに関連する筋束長や伸張性筋力が改善するなど、様々な適応が起こっています。9,10(なぜノルディックハムストリングスがハムストリングス肉離れ予防に有効なのか?この疑問に関してはこれらの適応が大きく関係しているように思えます)
なので、ここでは
「ハムストリングスを鍛える方法はいくつか存在するが、どのエクササイズでも同じ効果が得られるわけではなく、それぞれに特徴的な適応がある」
ということを理解していただければと思います。
5.まとめ
本記事では、ハムストリングスを強化する上で、股関節や膝関節をどのように動かすか?によってその適応の仕方も変わってくるという話をしました。
結論どちらの方が優れているということを決定することはできませんが、
筋肥大という観点だけに絞れば、肉離れが頻発する大腿二頭筋長頭や半膜様筋に関しては股関節が屈曲した状態のエクササイズも導入することが重要になるかもしれません。
では、本記事のまとめに入ります。
- 半腱様筋は大腿二頭筋長頭や半膜様筋よりも各関節でもつモーメントアームが大きく、半腱様筋が紡錘状筋であるという形態学的特徴が関連しているかもしれない
- 円弧長と中心角の関係性から、モーメントアームが長い股関節を動かした方が大腿二頭筋長等と半膜様筋の長さ変化は起こりやすい
- 半腱様筋に関しては、どちらの関節が主導関節になってもその肥大の程度に大きな差は生まれない可能性。
以上で終わりになります。
今回の記事が皆さんの普段の指導に役立てば幸いです。
ではまた!!
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追伸
今年度から国立スポーツ科学センターの非常勤トレーニング指導員として働いています。
アスリートのサポートはもちろん、多くのS&Cコーチに囲まれながら日頃の現場や研究で感じた疑問などディスカッションできて楽しく働かせてもらっています。
また、5月には博士課程に進学してから初めての論文がアクセプトされました。
内容としては「伸張性最大筋力の高さは減速パフォーマンス維持能力と関連している」といったものになります。
自分の所属している研究室のホームページでも紹介されているので是非お時間ある方は覗いてみてください!
参考文献
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- Liu Y, Sun Y, Zhu W, Yu J. The late swing and early stance of sprinting are most hazardous for hamstring injuries. J Sport Health Sci. 2017;6: 133–136.
- Askling CM, Tengvar M, Saartok T, Thorstensson A. Acute first-time hamstring strains during high-speed running: a longitudinal study including clinical and magnetic resonance imaging findings: A longitudinal study including clinical and magnetic resonance imaging findings. Am J Sports Med. 2007;35: 197–206.
- Fiorentino NM, Rehorn MR, Chumanov ES, Thelen DG, Blemker SS. Computational models predict larger muscle tissue strains at faster sprinting speeds. Med Sci Sports Exerc. 2014;46: 776–786.
- Bourne MN, Duhig SJ, Timmins RG, Williams MD, Opar DA, Al Najjar A, et al. Impact of the Nordic hamstring and hip extension exercises on hamstring architecture and morphology: implications for injury prevention. Br J Sports Med. 2017;51: 469–477.
- Maeo S, Balshaw TG, Nin DZ, Mc Dermott EJ, Osborne T, Cooper NB, et al. Hamstrings hypertrophy is specific to the training exercise: Nordic hamstring versus lengthened state eccentric training. Med Sci Sports Exerc. 2024;56: 1893–1905.
- Miura K, Miyamoto N. Effects of reduced training volume of Nordic hamstring exercise on eccentric knee flexor strength, and fascicle length and stiffness of biceps femoris long head. Scand J Med Sci Sports. 2025;35: e70115.
- Presland JD, Timmins RG, Bourne MN, Williams MD, Opar DA. The effect of Nordic hamstring exercise training volume on biceps femoris long head architectural adaptation. Scand J Med Sci Sports. 2018;28: 1775–1783.














